2014/12/18 Category : 辞世の言葉 カント 「よろしい」 ドイツの偉大な哲学者。哲学界のみならず、世界の認識は彼が生まれてこなければ、今とは違ったものになっていたでしょう。 彼は一生独身で過ごし、毎日同じ場所を同時刻に散歩するという生活を続け、町の人間に時計代わりにされていました。彼は晩年にはボケはじめ、友人からスプーンで葡萄酒と水を甘く割った飲み物を差し出され、かろうじて飲むことができる程に弱ってきました。 その際に彼は前述の言葉を残して、翌朝彼には息を引き取りました。 PR
2014/12/17 Category : 辞世の言葉 ゴッホ 「僕はこんなふうに死んでいきたいと思ってたんだ」 印象的なタッチの絵で、多くの作品を残したゴッホ。光の質感を描く印象主義に違和感を覚え、後記印象主義として活躍した彼。 しかし生前には、まったくの無名でした。晩年、麦畑の中で自分の胸をピストルで撃った。弾は心臓を外れ、彼は重症のまま歩いて宿屋に帰る。翌日、急報を受けて駈けつけた弟のテオに、 「泣かないでくれ。僕はみんなが幸せにな るようにと思って、こんなことをしたんだ」 と言った。その後、 「僕はこんなふうに死んでいきたいと思ってたんだ」 と言って死んでいった。生前に売れた絵は、1枚だけであった。37歳。
2014/12/16 Category : 辞世の言葉 アダム・スミス 「私は皆さんと一緒にいたいのですが、お別れしてあの世に行かなければなりません」 諸国民の富。近代自由主義経済の父。アダム・スミス。 彼は経済学者として有名ですが、「道徳感情論」などを著し、もともとは道徳を大学で教えている教授でした。 そんな彼はまた、自らを厳しく律するストイックの語源となった、ストア学者でもありました。 晩年、彼は見舞いに来た友人に、自分のノート16冊を焼いてもらった後、前述の言葉を残して死んでいきました。
2014/12/15 Category : 辞世の言葉 大石倉之助 「お先に」 元播磨赤穂藩家老、政治経済をつかさどる筆頭家老。 物事を先まで見通す知略と、藩でも指折りの剣の腕を併せ持つ文武両道の侍。 年末と言えば、昔は「忠臣蔵」でした。 その中でも堀部安兵衛と彼は有名ですね。 切腹を命じられた後、切腹の座に呼び出されたとき―― 「追っつけおあとから」 背後から義士の一人がそう声を掛けると、「お先に」と笑って静かに出ていったそうです。
2014/12/13 Category : 辞世の言葉 べー卜ーヴェン 残念だ、全く。遅すぎたよ。 ウィーン古典派。世界で知らぬ者のいないドイツの音楽家です。 45歳の時に聴覚を失い、晩年には過労から腹水がたまり始め死亡。 「友よ拍手を。喜劇は終った」 彼を見舞う友人に、彼は晴れやかに言ったそうです。 その後に前述の言葉を呟き、やがて死にました。57歳。 彼が生きた時代は、宮廷のものだった音楽(バロック)が市民に開かれた時代でもありました。 その中で一人の音楽家として生きた彼。栄光をつかんだ時には、全てが遅かったようです。